ホラー映画

クローネンバーグの『戦慄の絆』は観終えた後もずっしり残るアートな鬱映画

幼少期から兄弟間で何もかもを共有し生きてきた一卵性双生児の二人。医療器具の発明で名を馳せ、双子で産婦人科医を経営しながら大学でも教鞭をとる、人も羨む成功者の暮らしを送っていたところ、女優相手に恋をし、二人で彼女を共有しているうちにアイデンティティの崩壊が起こり、悲劇的な殺人事件へと至ってしまう。原色の赤を基調とした画面の美しさと、どこにも救いのないシリアスさに魅了される。

まずこれはクローネンバーグの作品群の中でも異質な一作ですね。そもそもが「異才」の映画作家の作品が異質というのは、かぎりなく「普通」に近いという意味。「キャラクターに共感できるか否かはハリウッドの考え方であって私のではない」と、独自の哲学を語り、事実として、安易な共感を寄せつけない突飛な人物ばかりを主人公にしてきたクローネンバーグ御大にしてはものすごく共感できるキャラクターなのですこの双子。恋愛に悩み、またアイデンティティの在り方に葛藤する、”一卵性双生児”という一点をのぞけばめちゃくちゃ普通の人たち。すべての体験を共有することで保たれていた双子の間の微妙な均衡。しかし本当に好きになった女性を「共有」することはできず、それが破滅をもたらす。つまりどこにも逃げ場がなく、彼らの心理に隅々まで共感できるだけに見ていてとてもツラい。

もちろん本作が異質なのには、実在の事件がモデルになっていることも理由のひとつだと思う。僕の知る限り、クローネンバーグは実話にインスパイアされるというよりは、自分自身の過去から着想を得るタイプ。本作は70年代にNYで起きた「マーカス兄弟怪死事件」がモデルになっていて、名門大学を優等で卒業(兄が主席、弟が次席!)し、双子で医院を経営しながら大学でも教鞭を取る。しかし片方がドラッグに溺れ、病院を勤務停止処分になると、双子特有のシンクロニシティを発揮し、彼の薬物中毒にもう片方も引きずり込まれてしまう。これらはすべて実話で、事件の直後に、理由は不明ながら、双子の片割れを殺した(or自然死を見届けた)もう片方がマンションの外に出ているところを発見されたりと、事件にまつわる細部の異様な一致が、映画の恐ろしさに拍手をかける。

双子を襲うアイデンティティの危機と、彼女らの殺人劇という似たようなテーマの先行作品であるブライアン·デ·パルマの『悪魔のシスター』は、ホラー映画としての猟奇的な描写の方に力点が置かれ、というかむしろ振り切れてて、良い意味で肩の力を抜いて鑑賞できた。クローネンバーグの映画は、一般には、劇中に織り込まれた「狂気」の部分に触れることで、ふわっと現実から遊離する感覚を味わえ、それで肩の力が抜ける。そこが僕は好きなのだけど、この作品に関しては徹頭徹尾シリアスで、クローネンバーグらしい突き抜けた狂気はあまり感じらない。シナリオは良質だし、映画としてと十分名作だとは思うけど、シリアスすぎて最後まで観るのがしんどいというのもまた本音笑。クローネンバーグ作品は、もっと狂ってていい。

主人公が薬物依存でオカしくなっていく恐ろしさという点では、かの『レクイエム·フォー·ドリーム』の次くらいにゾッとしたかも。なにしろ、まったくの勘違いから恋人を失ったと思い込み、薬に溺れていく双子の片割れ。誤解が解け、彼女が失われていないと知った時にはもうあとの祭りで、ドラッグの禁断症状で今度は彼の方が失われていた。それも医師という立場を利用し、自分で処方箋を書いて薬を手に入れてしまうのだから始末がつかない笑。「レクイエム」がまさにそうだったように、並のホラーよりずっと恐ろしい。個人的な感想はさておいて、こんなにもよく書かれ、作り込まれた映画にはなかなか出会えないと思う。

全編一人二役で魅せた主演のジェレミー·アイアンズはお見事でした。オスカーやゴールデングローブには縁がなかったものの、シカゴとかその辺の映画祭でいくつかローカルな賞を受賞したとか。ヒロインのジュヌビエーヴ·ビジョルドは、『まぼろしの市街戦』で、精神病棟に閉じ込められた絶世の美少女を演じていた女優さんですね。お年を召しても変わらず綺麗、とは正直言えない(白人女性の多くの例にもれず、老いるのは早い。あるいは顔に出やすいというべきか)けれど、そのぶん風格があって「カナダを代表する名女優」として劇中に登場してもぜんぜん違和感がない。前述した往年のフランス映画のイメージもあり、ドラッグに溺れ、前後不覚の中で多くの男性と関係を結んできた破天荒な女性の役柄がすごく似合ってますね。

クローネンバーグ本人がデザインしたという、作中で主人公の1人がドラッグに溺れて自作する、蟹の足のような奇怪な形をした手術器具の造形が素晴らしく禍々しい。その器具を無許可で手術に使ったことを咎められ、呼び出された委員会的な会合の席上で、器具の並ぶテーブルの前に座り、「申し訳ありません。働きすぎていたんです」と謝罪をするシーンには声出して笑っちゃった。大真面目にふざけるのずるい。ウケを狙ってないからこそ空気感に呑まれて笑ってしまう。たしか『ビデオドローム』でも、恋人の映ったブラウン管を鞭で引っ叩いて快楽を得る場面があったけど、こういう大真面目にイカれてるシーン大好き。クローネンバーグの映画を観ているなあ、という感じがする。

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タニムラ
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